法務大臣の検察指揮権と田中角栄

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韓国の検察の大統領周辺(?)捜査を見ていて法務長官に指揮権がないのでは推測した。日本の指揮権の規定はなかなか乱用ができにくい。一つには犬 養法相が指揮権を発動して大きな批判を浴び彼の政治生命を奪ったという歴史的事実があるからでもあろう。さて、今日言いたいことはこれに関する田中元首相の事績である。なにやら時ならぬ「田中ブーム」が書店を中心に巻き起っているがとんでもないと批判すべき側面もある。肯定すべき点が彼にないとは言えない。しかし欠点はありすぎるほどある。とてもまともな首相とは言えないのである。 もっとも後世に害をもたらしたのは日本の政治家にアメリカに逆らえないという気風をもたらしたことだ。米国は日本の占領を終結させるまでに「行政 協定」以外に日本が将来にわたって米国の支配に服するような非明文的な仕組みを巧みに残した。その一端はロッキード事件の裁判でシグ・カタヤマ氏 やらなにやら正体がわかりかねる人物が多く出たのでお分かりだろう。これはあくまで一端である。さて、大まかに言って田中裁判は司法官僚が米国の 協力を得て対米独立派の角栄を刑務所に入れるかの構図を国民一般に想起させた。そして田中は敗北した。このイメージが後世の政治家を委縮させ続け たのである。彼がブルドーザーのように真っ黒から灰色までの金銭をあさらなければ日本国は米国の国内の嵐に巻き込まれることはなく、対米従属の気 風が今日まで(今日がもっともひどいのだろうが)続くことはなかったであろう。さて本論だ。かつての田中支配の典型は法務大臣の田中派独占だ。法務官僚(特に検察)に圧力をかけ続けるために首相下野後も一貫して法務大臣は田中の息のかかる人物が就任した。国家の私物化であり、許しがたい所業と若い私には映った。余計な一言を付け加えれば中国の田中好きは田中の恐るべき無教養にも由来する。毛沢東が漢詩の作法を教える古典を田中に渡す光 景こそ中国人の快哉を喚起させるものだった。田中はしかし奮起してその後安岡氏などの碩学に師事したことは認めるべきだ。ただその成果の一つが、 辞任の時の名言であったことは悲しい。


          

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このページは、Makoto Hiroseが2016年11月 4日 12:31に書いたブログ記事です。

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