2015年6月アーカイブ

川崎重工は中国への技術協力を基本方針にしている、との報道があった。中国の日本への恫喝さらにはあからさまな領海侵犯が続くなかで一般国民には理解不能なことだ。技術流失では電機産業で痛い先例がある。結果的に技術流出させたソニーの出井以外でもシャープの旧経営陣は「共存共栄」をスローガンに経産省〈通産省)の制止を振り切って液晶技術を海外に提供した。相手はそのシャープを倒すためにありがたく技術をいただいたのだ。川重 でも正当な対価なしの技術提供は現在と将来の川重株主・社員への背信行為だ。将来なんらかの利益があるだろうなどはややきつく言えば「背任罪」の 阻却理由にはならない。先年の中国の暴動の矛先のひとつはパナソニックだった。松下氏がどういう想いで中国に協力したのか、ならず者は知らなくと も彼らを煽動した中国指導部は知っているべきだ。村上社長の想いは松下幸之助氏と近いのだろう。そしてその善意の対価も同じではなかろうか。もし そうなら村上氏は日本と日本国民の敵になりつつあるのでは無かろうか。
先月に会った旧友の話だがミッテランフランス大統領が現役のときに日本を批判した。「移民に閉鎖的な日本は間違っている」と彼は言ったよう だ。私はまったく記憶が無いが信用の置ける人物の記憶である。いまやフランスの内政の問題の主要要素が移民関連だ。世の中には補正ができない政治上の誤った判断がある。
オイル・ショック後の世界を語るために開かれたのが第一回のランブイエ・サミットだが、その後存在意義が疑われた時期もあった。私は会議のスケジュールの一部に出席希望の途上国を7カ国くらい招待して各国の実情を語ってもらいその解決策を共に考えるべきだと思う。具体的な成果が得られればサミットの評価も高まるだろう。アジアインフラ銀行への対策の契機にもなろう。
欧米人のかなりのインテリでも日本がドイツ他と示し合わせて世界征服の企図の元に戦争を始めたという歴史認識を持っている。これはまったく私にとって受けいられない考え方だ。日本の蹉跌は1937年の夏に始まる。前の年に東京で二・二六事件が起こり日本の実力に深刻な疑問が国際的に湧きあがった。10ヵ月後に西安で張学良軍を督戦していた蒋介石が張に監禁され中国共産党から派遣された周恩来などの口添えもあり対日戦を国内戦に優先することを誓って釈放された。まさに当時の世界の一大ニュースで同盟〈共同・時事・電通の前身)の上海支局長・松本重治の大活 躍があった〈詳しくは中公新書『上海時代』を参照〉。すでに対日報復を目的としてドイツ軍は作戦将校を蒋介石のもとに派遣していた。その一人であるvon Falkenhausen 将軍は上海のクリーク〈小河川)地域に機関銃を備えた数百のトーチカ群を建設させてた。さらに彼は上海での中国主導による開戦の印象を避けるため翌年の7月7日という記憶しやすい日に北京郊外で日中軍の交戦を企図した。彼が盧溝橋(マル コポーロ橋)付近を選んだのも世界での宣伝戦を考慮したものだ。一月後の8月にいよいよ上海で日本軍を挑発して〈大山大尉事件他)戦闘が始まった。中国軍の理想的な条件で戦争が始まったのだから急遽派遣された名古屋第三師団は上陸地点で大損害を受けた。数千人の日本軍の将兵の遺体が散乱し正視に耐え状況だった。(続でしょう)
プーチン大統領のクリミアへの行動を「編入」と表現したのはおそらく本ブログが日本で一番早かったと思う。少年時代に読んだ本でフルシチョフのソ連邦時代の決定が当時は意味が少なかったので波紋は少なかったが意外な決定としてロシア人に受け止められたという事実を知っていたからだ。勿論、クリミアのウクライナ所属の決定である。私が編入としたのはプーチンへの好意的見方があったからだろう。しかし、その後「核兵器使用を意識し た」 などの発言がプーチン氏から出てきた。そんなわけで昨夜突然アンシュルスというドイツ語の単語が私の意識に湧いてきたのだ。いうまでもなくこの言葉は1938年のドイツによるオーストリア併合を意味する。プーチン氏の行動は一体どちらに近いのだろうか?

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