2014年6月アーカイブ

先日の歌舞伎町の女子学生昏倒事件だが、明大当局は急性アルコール中毒と原因を特定した。もっとも調査は続けるそうだ。どういう方法で何人の学生を調査するのか?対象学生は限られている。多くて5名ほどだろう。厳正な調査と結果発表が必要だ。早稲田のスーフリも悪質だったが私学助成の可否の議論はなかった。明大側がずさんな調査をして万々一再発という事態になれば、莫大な私学助成への疑問となるだろう。国民ひとりあたり年間 1000円弱を早稲田大、日本大に各々払っている。明大もそれに準ずる。重大な責任を明大は負っている。それを自覚すべきだ。
今回は、読者の疑問に答える。(A)ルーズベルト大統領が「偏見」と「憎悪」を持っていたなど考えられない。(Aの答え)偉大と言われる人も 幼児期を持っている。彼の祖父は昔、極東で貿易商をしていてその体験を幼児である孫に繰り返して話した。中国人は愛すべき存在で、日本人は狡猾で憎むべきだ、 と。祖父の体験には背景がある。明治維新の前後でヨーロッパ人、特に英国人の外交官と商人は日本に対して傲慢の限りを尽く し、不当な 要求を連発し た。これに対抗して日本人商人も「外国人を騙すのは愛国者のすべきこと」と発言する有様であった。この出典は生方敏郎著『明治大正見聞史』の19ページ、 発言者は伊藤八兵衛である。どんな人物でも、批判力が付くまでは大人の言うことを信じるし生涯その影響力から脱しないケースが多い。更に、米国では 日本人に対する軽蔑と差別は当然のことであった。カリフォルニア、ワシントン両州を中心に、そして米国全土でも日本人差別は法律で認 めら れていた。 (B)ドイツと日本は昔から仲が良かったのではないか? (Bの答え)とんでもない。ドイツは第一次世界大戦で日本が敵になったのを恨んでい た。ドイツは中華民国に軍事顧問団を送り、中国と日本との戦争の計画の作成から装備の供給など復讐のための準備をしていた。 von  SEEKT(フォン・ゼークト)将軍やvon Falkenhausen(フォン・ファルケンハウゼン)将軍がその代表である。ドイツと日本は1936年 に対ソ協約(日独防共協定)を結んだが、真の同盟国とは言えず、引き続きドイツ軍事顧問団は対日作戦のために中国にとどまっ た。 撤退したのは1938年つまり蒋介石のもとで日本軍と1年以上戦っていたのだ。次回は「満州国」その他の問題で皆さんの疑問に答える。(続く)
新潟県知事・泉田の暴挙が止まらない。県内の原子力発電所の再開への妨害についてはある程度の県民の支持はあろう。しかし弱りきった東電に対して 使用できなくした原子燃料に対する更なる課税だ。「やらずぼったくり」の典型で、こうまで追い詰めるのは人間の道に反している。新潟県議会が承認し たのだろうが、果たして新潟の県民はこんな人たちの集まりなのだろうか?巷間伝わるところでは泉田は経産省のキャリアだが、人間性の欠如が顕著 で役所に居づらくなってか、一発勝負で知事選に出たという。どこまで本当か判らないが、岩手の知事(外務省)もこの口かもしれない。新潟の方々にお聞きしたい。あなた方はこんな人に従うのですか?我々は真剣に「新潟県産品」の総ボイコットを考慮しなければならないのですか?私が会った新潟の人は皆とても良い方ばかりで、こんな文章を書くのが残念でたまりません。
私の信じられない事態が起こったようだ。先日のノルマンディー上陸70周年記念の行事の一つで5カ国の首脳が集まった。その席上、オランド大統領 は本来関連のない広島で炸裂した原子爆弾の光景を皆に見せたという。顔をしかめたのはプーチン氏とメルケルさんだけで、ほかの人々は喜びの表情 だったという。私はいまでもこのことは半信半疑だ。これを事実と仮定して次のことを述べる。言うまでもなく100年後までに何が起こるか予言する ことは不可能だ。ロンドンやパリが不幸にして広島や長崎のようになることはないことを希望したい。しかし、パリが文化都市だから、ロンドンが重要な都市だから災難はないだろうと考えるのはお笑い事だ。もちろん、そんなことは起きないだろう。何百もの安全装置があるだろうからだ。しかし、オ ランド大統領は何百とある安全装置のうちの最も大事な人類の良心という装置を解除したのだろう。そんな心無い行動であった。文明と友愛を重んじるフランス人が決して許容しない行為であったと私は深く信ずる。
習近平氏が中国の屈辱の歴史に言及した。何故、過去の中国は屈辱を受ける国に成ったのか?それは世界の大勢を見ようともしない政治家が多かった からだ。失礼だが、習近平氏自身がその一人ではないのか? 外国人のテロリストを記念する記念館を自国であろう領土内に作ることは世界の常識に反している。この言葉は使いたくないが、野蛮と言って良いだろう。さて清朝の光緒帝は、清国に蔓延する鴉片(アヘン)の害に心を痛めていた。しか し、彼は外貨流出を防止するため鴉片の国内栽培を許可した。彼の心中は悲しみで満たされていたろう。習近平氏にこの悲しみが理解できるのだろう か?国が富強になり、周辺の弱国に牙を向けるのが彼の政策に見える。北京空港はそして病院は誰が作ったのか?そんなことは口に出さないのが流儀の国もあるようだ。国が大きければ大きいほど品位を重んずるべきだ。今の中国は群れを離れた巨象だ。誰からも好かれずただ一匹のハイエナだけが友だ。中国に公正な選挙があれば中国人は誰を指導者に選ぶのか?あなたたちは中国を統治しているのではなくて占領しているのだろうか? とは言え、中国から飢餓をなくした偉大な実績はとても軽視できない。それは中国共産党の素晴らしい歴史だ。習近平氏がその歴史に泥を塗ることは許されな い。貧乏な時にタンザン鉄道をアフリカの抑圧されていた人たちに贈り、富強になれば周囲の国の嫌われ者になるのか?それが中国の指導者の成すべき事なのか?
ルーズベルト大統領(F・D・R)だが、ナチス・ドイツの本質に早くから気付き、対策を講じた点で評価できる。しかし、ポーランドを ドイ ツと 共に分割 し、フィンランドに戦争を仕掛けたソ連には彼は異常に甘く、第二次世界大戦後のより良い世界を構築する彼の基本的デザインは大きな問題を抱えてい た。それが一部解決したのはソ連崩壊の時であり、その間にソ連の異母弟である中国は、ルーズベルトの死後すぐに中国共産党が支配を確立し た。 米国が「中国を失った」という現象だ。マーシャル元帥が膨大な援助を蒋介石に与えながら、である。これらの過程は、米国のアジア認識に重大な欠陥があ ることを示唆するものだ。以前にも紹介した『ALMOST HISTORY』(邦題『歴史にならなかった歴史』・文春文庫)を一例に あげよ う。こ の本は学術書ではないが、良質な歴史に関する娯楽書だ。そのなかで1941年のハル・ノートの前半の偽善きわまる部分だけを引用し、それでも日本は真珠湾を攻撃した、というのだ。ハル・ノートの後半部分は、当時の事情を考えると常軌を逸した挑戦状だ。例えて言うと、日本が米国にル イジアナ購入の効力を否認せよ、と要求するに等しい。『ALMOST HISTORY』の著者や編者が真面目だとしたら、アメリカの歴史家あるいは少なく とも歴史愛好者のアジアに関するレベルは想像を絶して低いのだろう。これでは、ソ連崩壊の後に残った人類最大の問題であるローグ・エ レファン ト国家である中華人民共和国に適切に対応できるわけがない。奇妙なことだが、中国に対して過去も現在も不適切に対応しているのは米国の民主党である。(続くでしょう)


歴史にならなかった歴史 (文春文庫)
安倍首相が零戦に関する本を愛読したという。米国人はどう思うだろうか? 別に米国人を気にしながら読書すべきと言うつもりはまったくな い。 しか し零戦といえば、例をあげるとミッドウェイで米軍の雷撃機40機以上を全部撃墜している。米国人が面白いわけがない。読むのは自由だが、発表する必要は全くない。甘すぎるのだ。彼らアメリカ人は、突然、理由に乏しく日本軍が真珠湾を攻撃した、と思っている。日本人は決して良い こと ではないだろうが、それなりの理由があって攻撃したと思っている。噛み合うはずがないのだ。我々日本人が説明する必要がある。では説明を始めよう。日本に とってドイツとの同盟は「ショットガン・マリッジ」である。つまり娘に手を出した若者に娘の父親が銃を突きつけてさせる結婚だ。この 場合 に銃 を持っているのはアメリカ大統領だ。誰でもドイツとの同盟者で歴史上幸せになった者がいないことは知っている。しかし日本をドイツとの同盟に追い込んだのがルーズベルト大統領と彼の抜きがたい日本への憎悪と偏見だ。1937年8月、上海の日本人街は突然に中国軍に包囲され、攻撃を受け た。圧倒的 に兵 力は中国軍が有利だ。中国が準備に準備を重ねていたのだから当然だ。2ヶ月後に米国大統領はシカゴで攻撃を受けた者(日本)に対する猛烈な非難演説をする。これは1836年にアラモ砦で必死に防戦しているデービー・クロケットたちを英国首相が非難してメキシコに味方することに 匹敵する。日本軍がただ日本軍だけがこの圧倒的な苦境を乗り越えられたと私は思う。当時の日本軍の乏しい兵器で数十倍の敵に対抗できる軍が他にあるだろうか?ただし、徐々に増強された日本軍は中国の泥沼にはまっていく。米国・英国の膨大な蒋介石支援は怒りやすい日本人を更に怒らせた。(続くかも)
安倍首相の出席が焦点の一つだったダボス会議だが、安倍首相と面談したソロス氏の採点はきつかったようだ。別に目的なしに時間を使うソロス氏では ない。ズバリ、日本国債の売り崩しだ。イングランド銀行を屈服させたソロス氏の次の大仕事が決まった。もちろんこれらは推測に過ぎないが、戦場は先物でなく現物市場での日本国債の売り崩しだとすると、日増しに増える外国投資家の日本国債保有高は雪崩を起こす種になる雪庇を積み増している状況だ。プレイヤーではない中国国家筋は危険パイを減らしている模様だ。安倍首相の財政無関心・無頓着のつけが早晩に爆発する可能性が濃い。政府に緊急対策を講じられる人材は皆無に近いようだ。なお、興味のある方は須田慎一郎氏の6月24日付(23日発行)夕刊フジ4面「金融コンフィデンシャル」をお読みください。
どうやらプーチン大統領のクリミヤ半島「接収」はOKのようだ。ここで更にウクライナの親露勢力を焚きつけるほどの愚かな御仁であるはず がな い。 さて、ソ連邦崩壊の時に傘下の各共和国は財産分けをした。もし1945年の終戦時にスターリンの北海道北半分分割領有をトルーマン米大統領が認めていた ら、北 海道の半分と千島列島全部、南樺太が1991年に日本に帰ってきた可能性は絶無ではない。高度の外交交渉があったなら実現しただろう。歴史の皮肉ではあ る。さ て本日、沖縄の日本軍の組織的抵抗が終わった日ということで安倍首相が現地に行っておられる。1945年の同月の5、6日ほど前 にほど前にアメリカ侵攻軍のサイモン・バックナー将軍が日本軍のおそらく最後の15センチ砲の最後に近い砲撃で戦死されている。彼の父は 南軍の最高位に近い将軍でもあった。さて、首相の沖縄配慮に全く異論はない。しかし沖縄で日本国内で唯一の地上戦があったというのは誤り である。千島の北端でも樺太でも激しい戦闘があった。特に樺太では多くの市民が殺され、避難船3隻は集中的にソ連潜水艦群の狙い撃ちに あっている。そこだけは誤解の無いようにしておきたい。
先日発表された日本とインドネシアとの紙幣製作技術の協力は日本の国益を著しく侵害する可能性が濃い。紙幣の印刷、抄紙技術は国家の最高機密であり、みだりに他者を近づける行為は国家に対する叛逆といっても過言ではない。インドネシアに流出した技術は結局のところ全世界に流出する。紙幣製 作の主体を独立法人化というのが根底からして間違いだ。紙幣の印刷技術はぜひ各国が自国で努力していただきたいものだ。以前にも抄紙技術を共産圏 に近い国から教えて欲しいという要請があり日本は峻拒(はげしく断る)したはずだ。小さな油断が国を滅ぼす原因となりかねない。核心技術は人的情 報を含め徹底的に秘匿してほしい。これに類する失敗はイランとの相互ビザ免除がありこれによって日本は麻薬に悩まされる機会が激増した。いずれも善意に由来するのだろうが心して欲しいものだ。
第一次安倍内閣で当時の盧武鉉韓国大統領から突きつけられた慰安婦問題だが、安倍首相と下村博文官房副長官の「活躍」が目立った。表現力の不足、論理の混迷ばかりが印象づけられた記憶がある。ようするに目立てば日本の不利益なのだ。今回も自民党の総裁補佐の荻生田氏が河野元官房長官を派手に追っているようだが、ここは目立てばダメの局面だ。相手は国際的に目立たせるのが目的でもある。頑張って日本の国益を損なうとした ら、実際そのとおりだろう、馬鹿馬鹿しい限りだ。
トヨタのアメリカ本社がカリフォルニアからテキサスに移転する。3日ほど前の日 経新聞で報道された。GMとの合弁であったNUMMIの処置に続く加州がらみの決断だ。2009年のトヨタ社長のNUMMIに関する決 断だが、これはどの経営学者でも悩む、正解を得るのが難しい設問であった。工場閉鎖の決断は5000人の米人失業者の発生に直結する。当 然、感情的な米マスコミの論調は予想されるところだった。実情はNUMMIは荒廃した米国のワーク・エシック(労働倫理)への至高の治療 薬だったのだろうに。だから、その後のテスラ・モーター社との協力を強力にPRすべきだった、という評論も成り立ったのではないか。今回 もややPRの不足があるのだろうか? 「友人だと思っていたのに、怒りより悲しみを感ずる」という趣旨の感想を加州の市長が述べているら しい。彼や加州知事は、豊田氏が議会に呼ばれて苦境に立たされた時も「友人」だったのだろうか?いずれにしろ、トヨタの企業イメージの構築は、コスト削減と同じくらい重要なことは言うまでもない。トヨタ社長が気がつかない訳が無い、と信じたい。
安倍首相が諸外国との軍事技術交流に力を注ぎ出したようだ。対中国を意識すればロシアも交流の対象になるべきだろう。私はその手始めとして、旧ソ連軍制式の14・5ミリ機関銃のバルカン砲タイプの共同開発を提案したい。同機銃は例の不審船にも装備されていたが、米軍・自衛隊の12.7ミリより大雑把にいって2倍弱の威力がある。一般に武装には多くのタイプの選択肢が望ましいが、費用との問題が付きまとう。このプロジェクトには5億円を5年ほど投資すれば何とか形になるのではないか?日本の銃器製造技術改革の良い機会となるだろう。若い技術者がオール・ジャパンで集まってほしいものだ。
先日の党首討論だが、民主党の海江田氏が、首相がこれほど親米的なのは靖国神社に参拝を許してもらうためか?という趣旨の質問をした。まったく 意味が不明だ。おそらくなにか皮肉を言いたかったというのは推測できるが。参拝はもちろん許可など不要だ。米国が許可権を持っているわけがない。 第一、靖国神社に失礼だ。諸外国がみていて場面で野党第一党の党首が自らの国の一部を侮辱する光景を見せることも異様だ。どなたかに彼(海江田氏)の発言の動機を聞きたいものだ。いずれにしろ異常なメンタリティを持っているという意味で民主党の「代表」にふさわしい、ということであろ う。
籾井NHK会長にお願いしたい。NHKのニュース他で日中関係の悪化を報道する際にほとんど必ずといっていいほど「日本による尖閣国有化以後」という文言が頭につく。これは事実に反する。中国が自国の漁船に命じて巡視船に衝突させたのが契機だ。それ以来のことだ。責任を日本に帰するための中国の謀略による文言がなぜNHKによってかず限りなく放送されるのか。責任者を探し、金銭や酒色の不当な授受があるかどうかを精査していただきたい。とりあえず、これまでの常軌を逸した放送の責任を取らせる見地から報道局編集主幹を出来うれば懲戒免職していただきたい。
セルビアの豪雨の被害は極めて大きいとのことだ。真っ先に支援に立ち上がったのは名古屋グランパスのサポーターだという。前監督ストイコ ビッ チ氏の出身地だ。それだけでなく3年前の日本の311時には心のこもった支援と莫大とも表現できる義援金を送ってくれたからだ。セルビアは古来から勇武にす ぐれるが自己宣伝が極めて苦手で、その点は日本とそっくりなのだ。先の紛争でも隣国との宣伝戦に完敗し遂にはNATO軍と米軍の空爆に あってしまった。降伏した時点で日本から勇気づけのため日本の若者をセルビアに支援にいかせたいものだと私はひそかに思っていたものだ。日本ともなじみの深いチャールズ・ビーアド博士は第二次大戦後にルーズベルト大統領批判の本を勇気を持って刊行したが、その前に第一次大戦後のセルビア民族を悪評から救う趣旨の本を出すという不思議な縁もある。ともかく、豪雨にあったセルビア支援を日本全国に広げたいものだ。この事実を広く日本中に知らせたTBS(JNN系列)に感謝したい。安倍首相もミャンマーだけでなく逆境下のセルビアを3年前に頂いたお金の人口比倍は最低額としてお贈 りすべきだ。具体的な金額だが、いち早く2億円を3年前集めていただいた。それが最終額ではない。人口は15分の一。国民の世帯あたり収入額は現時点では 4分の一くらいだ。日本が「恥を知る」国であるならば、即刻100億円をお送りし恩返しても何ら不思議ではない。それは国サイドの話で国民は国民で寸志を出したいものだ。
NHKのニュースで日中関係の悪化を報じるときにつきものなのが「尖閣国有化」だ。中国からいくら工作費をもらっているのか、もらいもせずお先棒 を担いでいる阿呆たれがいるのか。たとえば今日6月5日の午後5時のNHKラジオニュースだ。まず「国有化」などで悪化と告げたあとで、中国側代表の「国有化で」とダブルで洗脳する悪質さだ。NHKはどこまで狂っているのか。
3・11大震災の後からか、おそらく日本人を勇気づけるためにか日本人の公徳心が高い、とかの自画自賛が目立つようになった。果たして本当にそう なのか?例の「お・も・て・な・し」の五輪招致の際も落し物の現金のネコババの少なさが語られた。しかし、北欧の方が確率は高い、とのことだ。 更に、健康保険は自分が健康維持の努力を積極的にせず、日常健康に気をつけている人の保険金に実質頼っている不心得者が少なくない。いや、莫大な数がいる。ここで急に水産業に話が行くのだが、今週の『週刊プレイボーイ』は日本水産業の乱獲、特に幼魚の撲滅漁法を特集している。自分だけがその時良ければ、という実に嘆かわしい実情が活写されている。あれいは周辺国より優れている部分もあるかもしれないが、劣った部分があるということ を自覚したいものだ。イワシなどの幼魚の捕獲は「伝統がウンヌン」などという甘えは許されない時代がすぐそこに来ている。
理研(理化学研究所)を凌ぐ実績をもつ研究所といえば、ランド研究所である。ナッシュという学者の伝記である『ビューティフル・マインド』という 新潮文庫を読んだらその詳細が見えてきた。同研究所では数学者たちが遊軍的な存在で各部門の抱える難問を解決する助け手となるシステムに自然に なっていったようだ。日本では卓越した数学の潜在能力を持つ若者が医学部門に埋没していく傾向がある。理研の再構築のあくまで一手だが、全国数学 コンクールでの最高クラスの高校生を数十人アルバイトに雇う(勿論、大学入学後)という奇手もあるのではないか? 突然思いついたので記してお く。なおランド研究所については2年ほど前にも翻訳書が出ているはずだ。
先日、アメリカ海軍協会(Us Naval Institute)が最近の日本の映画、アニメの太平洋戦争に関する描写に注意を喚起した。こ こで簡単に1941年に日本軍の対米攻撃が始まるまでの前史を整理してみよう。先鋭的な日米対立の始まりは1937年8月13日の第二次上海事変の勃発 がきっかけ だ。実質100倍程度の国民党軍が上海の日本人地区を包囲したと表現しても良い。日本の海軍陸戦隊と少数の陸軍兵士が寄せあつめて約5000名、対する国民党軍は約50個師団だ。2ヶ月後の1937年10月のルーズベルト大統領のシカゴ演説だが、周到に準備された中国国民党軍の先制 攻撃に甘く、必死に防戦する日本に厳しいもので、当時の日本人には絶対に受け入れることが不可能な内容だった。その後に実際 は米 国政 府が 組織 した航空義勇軍(Flying Tigers)の準備も対米感情を悪化させた。要するに米英勢力は蒋介石を勝たせるため「援蒋ルート」など多くの手段を用 い、日本の 戦争経済を崩壊させる政策を順次強化していった。決定的な石油禁輸だが、世界のゴム生産の過半を占めていた南部仏印を日本が占領 した のだから米 国の反撃は当 然だ。ルーズベルト大統領の仏印中立化案は妥当 なもので事実上この提案への速やかで肯定的な返答だけが戦争回避の唯一の機会であった。近衛首相の驚くべき無能さが悔やまれる。しかし、その後ド イツとの正式な戦争を強く望む(既に大西洋でドイツ潜水艦への発砲はあった)アメリカは遺憾きわまる対日挑発つまりウラジオへの タン カー 3隻派遣 を実施した。これには強い批判があって当然だ。内務長官イッキーズが責任者だが大統領の承諾は当然あったと見るべきだ。これに対する批判は当時からも有り、特に開戦日まで駐米日本大使館顧問だったフレデリック・モアーがかなりの部数を出した著作(1942年原著刊。邦訳本の題名は『日米外交秘史』)で事実を紹介 し、米英イ ンテリ層に隠れたセンセーションを巻き起こした。以上、日米開戦までの経緯を簡単に記したが、これは日本側に立った見方である。 10 年以上前に『ALMOST HISTORY』という米国で出版された本が文春文庫で翻訳出版されたが、そのなかで戦争を決定づけたハル国務長官のノートの前 半分の白々しい偽善極まる部分だけを引用し、「それなのに日本は戦争に」という記述を見出した。特に学問的な本ではなかった が失 望した。かかる歴史に対する不真面目さが許されるのはなぜなのか?もっとも米国から見て安倍首相が何の遠慮もなくかいま見せる 歴史認識の方がはるかに不真面目に見えるのは間違いなかろう。それが冒頭の米海軍協会の注意喚起に現れているのだ。さらに注 意すべきは米国内で911事件に関連する形で真珠湾攻撃に関する「興味」が増していることだ。安倍首相とその周辺のおそらく 浅い歴史知識による「開戦神話」はとても危なっかしく見えてしまうのは当然だろう。



歴史にならなかった歴史 (文春文庫)
ロジャー・ブランズ
文藝春秋
売り上げランキング: 625,523
安倍内閣が同盟強化の主要対象としている米国は頼りになるのか。なる、と考えざろう得ないのが日本の現状だ。しかし米国は私の見るところ混迷の極 みにある。なにしろ米国の象徴の一つといってもよかろうビル群が破壊されても司法が全くと言って良いほど機能していない。不謹慎なたとえだが、戦 前の日本で2・26事件の背後に秩父宮がいたとして(事実とはまったく異なる)憲兵隊などの捜査がまったく成されていない状況とでも言おうか。そ れよりはるかに複雑でマグマチックとでも表現できようか。それを収拾する力が2大政党にあるのか自体が判断しかねる状況だ。いままでの常識では考 えられなかった大統領の選出でいわば一時的な問題の棚上げ、ないし目くらましには成功したように見える。しかし2年後にどうなるのか? 共和党に はジェフ・ブッシュ氏の名も挙げられている様だが、確かに兄よりはよかろうが、冗談ではないと考える莫大な人数の党員他がいるだろう。どのような 波乱があるのか、同盟国の国民の一人として大過ない政治過程が踏まれるよう祈るばかりだ。

ブログ村

にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ
プロフィール

検索

翻訳

月別 アーカイブ

お気に入りリンク

邱永漢(きゅう えいかん)のブログ
池田信夫blog
米流時評
高橋和夫の国際政治ブログ
太田述正のブログ
原田武夫のブログ
岡崎研究所
天木直人のブログ
本質
YukikazeのBlog
ジャパン・ハンドラーズ

2017年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

AD