2011年8月アーカイブ

石原都知事にやや甘い評価の私も今次の東北大震災の対応についてはやや違和感を感じた。もちろん天災・人災・菅災の菅政権ほどではないが。その一つは福島県ほかの被災民への便宜供与の態様とタイミングである。節電やJR(おもに東日本)への批判はみるべきものがあるが、実際に寒い風が吹い ていた当日の東京都民の帰宅への心くばり、緊急対応はどうだったのか。改善すべき点はなにか。総括が必要だろう。これは埼玉、などの各県にも求め られていると確信する。
一週間ほど前の日経新聞に韓国ウォン安是正の可能性についての大きな記事があった。私はドルは1ドル50円になってもしょうがないと思っている。問題は韓国ウォンの途方も無い安さだとおもっていたからタイムリーな記事であった。ただ結論が適切な市場がない、でありそれでは困るのである。なければ工夫すればよい。同じ事が2009年に23兆円を支払った化石燃料市場でもある。WTI,ブレント、ドバイの3油種のうちブレントはリビア状勢があるので置くとして重質のドバイが超軽質のWTI原油に並ぶという異常事態が出現しつつある。こんなことは現物の交換市場をつくれば一日で解消するだろう。要は工夫が無さ過ぎるの一言だ。市場は作るものだ。天が与えるものではない。この覇気のなさ、工夫のなさが日本経済沈滞の最大原因の一つである。なお韓国ウォンは近年の高値7ウォン1円から現在は14ウォン1円が概略の数字である。
さんざんぱら自民党の麻生政権時代にも与党のたらい回しを批判していた民主党。背に腹はかえられぬとの再現劇だ。これを阻む法律は可能だろうか。 まず現行憲法で政党制度への直接の言及がないのに驚く。憲法第67条に内閣総理大臣の指名と衆議院の優越性の規定があるのだが、これに反しない立 法は可能だ。あまりにたらい回しが目立つ場合、たとえば4年以内に3回などの場合は少数党の衆院解散の国民投票請求権を認めるのも一案であろう。
原子爆弾の炸裂高度はフォン・ノイマンが計算しもっとも殺人効力の強い700から800メートルに合わされた。原爆搭載機が新潟が雲海で回避し他の都市の向かった、などとの記述があるが本当なのか疑わしい。もっともティベッツ機長の回顧録がたしかあったように記憶していて読んでいないので 話しにならないレベルの駄文といわれてもしょうがない。それはさておき、堀田善衛氏の文章でオッペンハイマー博士が来日したとき広島市を訪れるか 否か、逡巡をかさねていたということをしった。実際に行ったのかどうか伏見康冶博士が座談の席にいらっしゃったのだが、発言されなかった。その弟子のM博士(ドイツの工科大学の教授)もご存知なかった。これもつけくわえの話だが、レオ・シラードが訪日したさいの朝日新聞の記事で本人が「サ カタの方程式がなければ原爆は造れなかった」とコメントしている。事実なのだろうか。
やはり議員内閣制の弱点を補強する、が「きも」の一つだろう。首班指名の非政党化はどうか。事実上の党議拘束を憲法で禁止し議員個々人の良心にし たがって投票する、はどうか。劣化している政党の権能を制限しミニ大統領選を国会内で行うのが趣旨だ。
太平洋戦争において米軍の諜報網は日本本土でもおどろくほど有効にはりめぐらされた。長崎への原爆投下でも爆心地点が宗教施設であり、その日その時間に大規模な集会が行われていたことなどわからない訳がない。原爆投下は大統領が決定する重要な軍事行動であり、情報が極限まで集約されたと見 るべきだろう。もちろんミサ参加者を皆殺しにしても米軍に有利になるとは考えられないがもう少し米空軍のこの間の事情の研究が米国でも日本でもすすめられるべきだ。大佛次郎の戦争日記ではハンブルグへのカーペット爆撃の指揮官が対日戦に赴任してきて、という趣旨の記述がある。関係は薄いかもしれないが付言しておく。
異界の書である。早田氏の製作した自伝映画については短く紹介したことがある。コロンビア共和国でコカインにつぐファストマネーの元・エメラルドに一生をかかわらせた人物だ。銃器の所持はほぼ自由で復讐心が強く、あだ討ちが正当化される。コカインの代金が国家収入なみにカルテルに入っていた。一言でいえば戦国自衛隊をかかえた私的勢力が割拠している。もちろん共和国政府も厳然としてあるのだが日本史でいえば足利幕府の程度か。 隣国・コスタリカとのコントラストは強烈だ。ここらのスペイン系は本国でもマイノリティがすくなくない。フランシスコ・ザビエルの同族である。私はパパ・ブッシュのパナマ介入にいまでも批判的だが、しかしコロンビアでこれほどの内乱状態が勃発していた事への認識は薄かった。コカイン・カルテルの協力者・ノリエガを憎む動機は理解できたのだが。蛇足が続いたが、本書は冒険好きにはたまらない。お勧めする。

過去参考原稿:『スラムドッグ$ミリオネア』を観る

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サントリーが影響をうけた巧妙な情報工作は焼酎の鏡月だけではない。新日鉄でも鉄の歴史について半島から技術が来たという童話本をたしか1万部以 上作っている。提携関係の韓国メーカーの要請と記憶している。数年まえのことであった。無料でくれるというので興味をおぼえ新日鉄の問い合わせた のだが担当者の名前は「しん」さんと自称していた。どんな漢字かと私がたずねたら「あたらしい」のしんですと答えてくれたのを記憶している。児童を対象にしているから情報工作だとしたらより問題の程度は深いのではないか。
戦前の日本をどう評価するか。NHKの一部の番組をみていると陋劣な面だけを強調している。そうではないのだ。戦後の日本の国家の独立への無関心ぶりはどうだ。そもそも日本への脅しなどはありえなかった、と言っていい。国民同士の同情心にしろ、戦前なら菅氏など生きているのは不可能ではな いのか。こんなチンタラした被災民への対応が許されたわけが無い。貧しいが精神において高貴なところもおおく見られた。反面、人命は安かった。鴻毛のごとく軽いのも問題だが、地球より重いわけも無い。ようはバランスのとれた見方が必要なのだ。
首相公選制が現行憲法でも可能という議論もあるようだ。最近特に著しい政治の劣化を憲法条規の改正で何とかできないものだろうか。憲法学者は解釈 学が主流なのだろうから、政治学者の担当分野なのだろう。韓国憲法の大統領5年制、再選不可も国民性を洞察した適切な決まりのようだ。遠慮はいら ぬ、現行憲法の改正の試案が欲しい。別に『不磨の大典』ではないのだ。
いまの爆心地公園に被爆した状態の旧浦上天主堂を再現する。建築材料は出来るだけ元の材料をさがしだす。ローマ教皇においでいただき宗教的行事を 執り行っていただく。費用は世界中のカソリックの方々や平和を希求するその他の方々から募金する。以上です。
巷の長老は長崎のお生まれ。12歳の時に原爆の惨害を実地に体験された。酒場で痛憤されるのは、戦後すぐ長崎市長が米国に懐柔されて爆心地が天主堂であることの隠蔽に加担した、という事だ。故人市長の名誉もあるのであくまで長老がそう思っている、ということでご理解願いたい。たしかに3里ほど上空から目標を定めるのは目立つ「点」が必要なのだろう。それがたまたまカトリックの由緒ある施設であった。米軍としてはやっちまった後で大問題になるのは避けたい所だ。これは実に実にとんでもない事になりうる。我々日本人は騒ぎ立てることを好まない。どこかの国と正反対だ。イッ シューが違うとの声あり。が、しかしこの場合は極大に騒ぎ立てるのが人類としての義務といって差し支えない。戦争に行き過ぎは付き物だ。しかし原爆被害の主張に行き過ぎはない。このさい、あの像は長期の修理に出す。そして、ローマ教皇にお願いしてミサを挙行していただけないものか。もちろん天主堂でである。
むかし朝日ジャーナルで連載された「第7地下壕」という小説で意味のない労働をまるで意味あるかのように収容者に課す、という筋書きがあった。ま だかなりの少年だった私も感銘を受けた記憶がある。労働の本質の一つに触れたからだと思う。その後、マーク・トウェーンのハックルベリー・フィン がつらい労働であるペンキ塗りをあたかも面白い遊びであるかのように装ってマンマと他人にやらせた記述もおもしろかった。私はこれを経済学のハックルベリー・フィン効果と呼ぶ事にした。さて現代日本の雀荘でメンバーとよばれる労働者がいる。従業員なのだがようするに4人座卓にいて円滑にゲームを維持する役割だ。従業員だがゲーム代も自己負担、けっかも自分持ちだ。変わった労働形態だが、実はメンバーが雀荘経営者の最大のお客様と いう説が有力だ。小稿はまとまった論を目的としていないが付け加えるなら、サービス労働者たとえばパチンコ店の労働者の組織化が意識に上ることを望む。
オウム事件のとき、教団と戦前日本の類似を感じた人も多かったた。微苦笑したのは私だ。たしかに当たっていないでもない。けれど、そう考える今日の我々の背中をみる未来からの視線を感じないのも甚だしい、と。一例をあげれば、鳩山某という「政治家」はいまだ派閥を持っている。これはそうと う奇怪な現状ではあるまいか。所詮自分の背中はみえにくいものだろうが。
国会で石破議員が菅首相に、1992年の国会質問の態様を論難していた。実際の場面の知識・記憶がなかったのでリアルな感想は生じなかった。が、 夕刊紙の写真を見てそのひどさを実感した。時間を大幅に過ぎても退壇しないので当時の村山副議長が衛視に命じて実力で退壇させたのだが、それでも 菅氏は演壇にしがみつき、とうとう演壇ごとにしがみついたまま階段を降ろされている光景である。演壇が差し込み式とは初めて知った。ユーチューブ でも見れるそうだが、写真だけでもひどすぎる。菅氏45歳の光景だと思う。こんな人物を、と民主党を怨みたくもなるのは当然だろう。
自動車のハンドルは左か右のどちらかだ。センターにできないだろうか。前列のシートが2座席であるかぎり出来無そうだが、センターである事を優先 すれば何とか出来そうだ。そうするメリットがあるのかは別にして発想は発想で自由にしたいものだ。世の中は「そういう物」という既成観念でいっぱ いだ。

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