「空白の一日」ジョージ・マーシャルの場合

久し振りに空白の一日という言葉を聞いた。元祖空白の一日が、第二次世界大戦の米軍制服組トップのマーシャルに関してある。1941年12月7日(米国時間)がその日である。戦後すぐ合衆国議会は真珠湾の悲劇の真相を究明するため委員会をつくり要人の喚問を始めた。FDR亡き後、スチムソン、ハルは健康上の理由で(ピンピンしていたようだが)除外、さすがに制服軍人のマーシャル元帥はそうもいかず喚問された。共和党議員の質問は、開戦の日、貴官はどこにいたか? だった。答えは、記憶にない。ありえない事である。私は下司の勘ぐりだが、彼は、ホワイトハウスでFDRとともに息をひそめて事態の推移を待っていたのではないかと推測する。
彼のハワイ向けの攻撃警告電報は、軍の連絡網でなく、民間電報会社であるウェスタン・ユニオン社で電報を打った。勿論、配達されたのは攻撃の後である。な お、モルゲンスターンの『真珠湾』では真珠湾の実情を知るために同年12月12日陸軍省のバンディ大佐、リッカー中佐が乗った航空機は、途中のシャラネバ タ山系上空で事故により死亡。FDR政権は、「偶然にも」説明、釈明への貴重な時間の余裕を得た。


          

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このページは、Makoto Hiroseが2010年1月22日 00:56に書いたブログ記事です。

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