別に争い事を勧めるわけではない。司法の判断を求める時期だということだ。腎ガンで摘出された腎臓の移植を求める患者は、移植学会の行動によってその希望を妨害されたことは否めない事実と思う。移植学会は、ガンの再発の恐れがあるからなどと理由を述べているが、そんなことは患者は百も承知だ。そのうえで人工透析のアリ地獄のような苦痛から開放されたいと願っているのだ。
仮に賠償額一人6000万円、50人の患者が結集したら、30億円だが、移植学会は受けて立つべきだ。金銭面からいって健保の透析費用は、一人年間600万円として移植学会の判断により年1000例の移植手術が行えなかったとして3年で3000人、180億円が透析業界に流れたのだから、当然その程度の訴訟には応訴すべきだ。訴訟によって、自分たちが万波医師のようにはとても手術できないジェラシーからの行動だという片腹痛い批判にも答えられるだろう。年間1兆円をはるかに超える人工透析の費用にメスが入れられる日も来かねない財政事情だ。いまから準備しなくてどうするのだ。移植学会は自らの判断に責任をもつべきだし、その判断は重大な人権侵害を作り出している可能性がきわめて高い。
こんにちは。以前、コメントさせていただいたことがあります。移植学会が病腎移植に慎重であるのは医学的に妥当性があると考えています。潜在的にリスクのある治療法について、規制と推進はトレードオフの関係にあります。別の例を出した方が分かりやすいでしょうか。イレッサという肺癌の薬があります。効くときにはとても良く効くのですが、副作用として間質性肺炎があり、死亡することもあります。厚労省はイレッサの副作用が問題になったとき、処方は「化学療法の経験がある医師」に限る、という規制をかけました。この規制によってイレッサを投与されず、亡くなった肺癌患者もいたかもしれませんが、全体的には規制した方がメリットが大きいと私は考えます。「間質性肺炎のリスクがあるなど患者は百も承知だ。そのうえで肺癌が治癒することを願っているのだ」などとして、規制をかけた厚労省が訴えられたとしたらどうでしょうか。
あるいは、季節性インフルエンザ患者に対するタミフル投与の規制はどうでしょうか。タミフルの副作用として異常行動が疑われています。そのため、10歳代の患者にはタミフルは投与してはならないことになっています。タミフルを投与しなかった結果、重篤な肺炎を合併した患者がいたとしましょう。「異常行動のリスクがあるなど患者は百も承知だ。そのうえでインフルエンザの合併症を少しでも少なくと願っているのだ」などとして規制をかけた厚労省が訴えられたとしたらどうでしょうか。このようなことで訴訟になるのであれば、事なかれ主義の官僚は必要な場合にも規制をかけなくなるでしょう。「規制せず放置した国の責任」を問うこともできなくなります。デメリットのほうが大きいと考えますが、いかがでしょうか。
付け加えて言いますと、病腎移植については、完全禁止ではなく、臨床研究としてならOKとされていました。これまで万波移植で行われていたようないい加減なドナーの選定でも15年で42例程度です。きちんと手続きをとり問題がない症例に限れば、瀬戸内グループ内で移植可能な症例は年間1例程度です。「50人の患者」というのは数として多すぎるように思われます。そもそも、病腎移植にこれほど慎重にならざるを得ないのは、ドナーの立場を十分に考慮しなかった万波医師のせいだともいえるのです。たとえば、万波医師は、ネフローゼ症候群患者から両腎摘出し移植に利用していますが、腎臓内科医が診れば摘出の必要のなかったものです。
万波医師は不必要な臓器摘出を行ったか?
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20080616
両腎摘出された結果、「アリ地獄のような苦痛」という人工透析に移行した患者もおられますが、なぜか病腎移植を擁護する人たちは、そういう人たちの苦痛についてはあまり考慮していないようです。病腎移植の一番のネックは、移植腎からの癌の再発ではありません。ドナーの権利保護です。
NATROM様
小ブログに目配りを感謝いたします。私は万波医師のずさんな点には賛同できず、また慢心も遺憾ながらあったのでは、と推測しています。イランでしたか組織的な腎移植手術がおこなわれた場合、透析医院の経営維持(手術できない患者用の)も将来的課題です。なおドナーの同意は、基本中の基本で、これなしにいかなる活動も許されない、これは意見があうとおもうのです。取り急ぎ思いついた点のみ書きました。追伸 私のばあい、右腎のガンは4cmほどの大きさでした。おそらく、おおざっぱですが、全摘と部分切除の判断の分かれるところであり(患者の年齢も要素のひとつ)、かつ腎移植のハーベスト候補ではないかと。この数は、調査が緊急に必要ですが、全国で約2000例(年間)と推測するのは乱暴でしょうか。
>おそらく、おおざっぱですが、全摘と部分切除の判断の分かれるところであり(患者の年齢も要素のひとつ)、かつ腎移植のハーベスト候補ではないかと。この数は、調査が緊急に必要ですが、全国で約2000例(年間)と推測するのは乱暴でしょうか。
病腎移植のドナー候補として年間2000例はかなりの過大な見積もりだと考えます。「移植への理解を求める会 会報第11号」によれば、「腎細胞癌T1a症例 年間約2000個(1780?2664個)の腎臓が全摘される」とのことですので、このあたりが数字の根拠でしょう。全摘された腎臓がすべて移植に利用できる訳ではありませんし、なによりも、この「年間約2000個」という数字は過去の実績によるものです。
最近、CKD(Chronic Kidney Disease:慢性腎臓病)という疾患概念が受け入れられつつあります。腎機能は単に透析になるかならないかだけでなく、心筋梗塞や脳血管障害などの疾患に関与しています。CKDという概念がない時代では、片腎全摘出であっても残った腎臓が働けば良いという考え方でもOKでしたし、そのため小径腎細胞癌に対しても片腎全摘出が多くなされていました(「過去の実績」)。しかし、現在では、可能であれば腎臓は温存するべきです。実際に、近年、部分摘出のほうが全摘出よりも予後が良い、というデータが出始めました。たとえば、
Radical versus partial nephrectomy: effect on overall and noncancer mortality., Zini L et al., Cancer. 2009 Apr 1;115(7):1465-71
によれば、有意差を持って部分切除のほうが全摘出より予後が良いという結果でした。この論文では、
Relative to PN, RN predisposes to an increase in overall mortality and non-cancer-related death rate in patients with T1a RCC. In consequence, PN should be attempted whenever technically feasible. Selective referrals should be considered if PN expertise is unavailable. (部分切除と比較して、全摘出は早期腎癌患者において総死亡および非癌関連死亡の増加の素因となる。結果として、技術的に可能ならば、部分切除が試みられなければならない。部分切除の専門家がいなければ、紹介も考慮されるべきだ)
とあります。万波医師が病腎移植をやっていたころには、「部分切除も全摘出も予後は変わらない」もしくは「どちらが予後がいいか明確にはわかっていない」と説明しても間違いではありませんでした。しかし現在では、「部分切除のほうが全摘出より予後が良いとされている」と説明しなければなりません。このような説明を受けてもなお、全摘出を選択する患者さんはどれほどいるでしょうか。さまざまな理由より、それでもなお全摘出を選択する患者さんもいるでしょうが、かなり数は少ないと考えたほうがよいでしょう。
お返事おくれてすみませんが、もうすこしお待ちください。