世界銀行の副総裁を務めた日本女性の貴重な体験がつまった本である。パキスタンやインド、バングラデシュ、スリランカ、ブータンなどの指導者との感動的なエピソードがいっぱいに紹介されている。雑誌「選択」連載時から注目していたがようやく一書となった。 ぜひ若いひとに読んでもらいたい本である。本年もっとも重要な本の一冊にあたるのは自明のことだ。ただ後書きがながすぎる。いいたいことはわかるがどうにかならないのか。普通の読者には耐えがたい。とは言えそれ以外は再読、三読に価するすばらしい本だ。
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内容紹介
【前・世界銀行副総裁が語る リーダーシップの真実】
貧困のない世界を夢見て・・・23年間の闘いから見えてきたもの
◆はじめて訪れたエジプトの貧民街。少女ナディアが自分の腕のなかで息をひきとったとき、自分の人生が決定的に変わった――。貧困や悪政と闘いつづけた 23年間。それは、この世界を変えたいと願う、あらゆる職場のリーダーたちと共に歩んだ道のりだった。農民や村長、貧民街の女性たちや売春婦、学生、社会起業家、銀行家、ジャーナリスト、政治家、中央銀行総裁、将軍や国王に至るまで・・・「国づくり」の現場で出会ったリーダーたちの姿を、前世界銀行副総裁が情感込めて語った珠玉の回想記。
◆著者・西水美恵子氏は、女性としても日本人としても初めて世界銀行地域担当副総裁となった人物。貧困との闘いにおける各国各地域のリーダーシップを支援。自ら貧村にホームステイを行うなど、つねに「現場」に根ざした「国づくり」を推進してきた。また、世銀の内部でも組織改革に取り組み、その手法はピーター・センゲ教授はじめ経営学界で高く評価されている。
◆雑誌『選択』好評連載「思い出の国、忘れえぬ人々」(2005年1月~2008年12月)待望の単行本化。
◆解説・田坂広志氏(社会起業家フォーラム代表、多摩大学教授)・・・「読み進めながら、何度も、胸が熱くなり、読み終えたとき、深い感動と、静かな余韻が訪れる著作。そうした著作に巡り会う経験が稀有になってしまった時代。この著作に巡り会えたことに、感謝をしたい」(「解説」より)
内容(「BOOK」データベースより)
前世界銀行副総裁が語るリーダーシップの真実。貧困のない世界を夢見て...23年間の闘いから見えてきたもの。
著者について
西水 美恵子 (前・世界銀行副総裁)
大阪府豊中市に生まれ、北海道美唄市で育つ。中学校3年から上京。
東京都立西高校在学中、姉妹都市高校生親善大使としてニューヨーク訪問。
その後間もなくロータリークラブ交換留学生として再渡米(後年、西高は中退)。
そのまま帰国せず、ガルチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。
1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。
千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題の研究。1971年、再度渡米する。
1975年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院、博士課程(経済学)を卒業。
同年、プリンストン大学経済学部、兼ウッドロー・ウィルソン・スクールの助教授に就任。
1980年 世界銀行入行、開発政策局・経済開発研究所
1983年 同、産業・エネルギー局 産業戦略・政策課(エジプト・タイ・ハンガリー・中国などを担当)
1987年 同、欧州・中東・北アフリカ地域 アフガニスタン・パキスタン・トルコ局 リード・エコノミスト
1988年 同、欧州・中東・北アフリカ地域 アフガニスタン・パキスタン・トルコ局 通商・産業・金融課 課長
1992年 同、国際復興開発銀行 リスク管理・金融政策局 局長
1995年 同、南アジア地域 アフガニスタン・バングラデシュ・パキスタン・スリランカ局 局長
1997年 同、南アジア地域 副総裁
2003年 世界銀行退職
現在、米国首都ワシントンと英国領バージン諸島に在留。
世界を舞台に、就筆や、講演、様々なアドバイザー活動を続ける。
2007年より、シンクタンク・ソフィアバンクのパートナー。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
西水 美恵子
大阪府豊中市に生まれ、北海道美唄市で育つ。東京都立西高校在学中、姉妹都市高校生親善大使としてニューヨーク訪問。その後間もなくロータリークラブ交換留学生として再渡米(後年、西高は中退)。そのまま帰国せず、ガルチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題の研究。1971年、再度渡米する。1975年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院、博士課程を卒業。同年、プリンストン大学経済学部、兼ウッドロー・ウィルソン・スクールの助教授に就任。1980年世界銀行入行、開発政策局・経済開発研究所。 1983年同、産業・エネルギー局産業戦略・政策課。1987年同、欧州・中東・北アフリカ地域アフガニスタン・パキスタン・トルコ局リード・エコノミスト。1988年同、欧州・中東・北アフリカ地域アフガニスタン・パキスタン・トルコ局通商・産業・金融課課長。1992年同、国際復興開発銀行リスク管理・金融政策局局長。1995年同、南アジア地域アフガニスタン・バングラデシュ・パキスタン・スリランカ局局長。1997年同、南アジア地域副総裁。 2003年世界銀行退職。現在、米国首都ワシントンと英国領バージン諸島に在留。世界を舞台に、執筆や、講演、様々なアドバイザー活動を続ける。2007 年より、シンクタンク・ソフィアバンクのパートナー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
内容紹介
【前・世界銀行副総裁が語る リーダーシップの真実】
貧困のない世界を夢見て・・・23年間の闘いから見えてきたもの
◆はじめて訪れたエジプトの貧民街。少女ナディアが自分の腕のなかで息をひきとったとき、自分の人生が決定的に変わった――。貧困や悪政と闘いつづけた 23年間。それは、この世界を変えたいと願う、あらゆる職場のリーダーたちと共に歩んだ道のりだった。農民や村長、貧民街の女性たちや売春婦、学生、社会起業家、銀行家、ジャーナリスト、政治家、中央銀行総裁、将軍や国王に至るまで・・・「国づくり」の現場で出会ったリーダーたちの姿を、前世界銀行副総裁が情感込めて語った珠玉の回想記。
◆著者・西水美恵子氏は、女性としても日本人としても初めて世界銀行地域担当副総裁となった人物。貧困との闘いにおける各国各地域のリーダーシップを支援。自ら貧村にホームステイを行うなど、つねに「現場」に根ざした「国づくり」を推進してきた。また、世銀の内部でも組織改革に取り組み、その手法はピーター・センゲ教授はじめ経営学界で高く評価されている。
◆雑誌『選択』好評連載「思い出の国、忘れえぬ人々」(2005年1月~2008年12月)待望の単行本化。
◆解説・田坂広志氏(社会起業家フォーラム代表、多摩大学教授)・・・「読み進めながら、何度も、胸が熱くなり、読み終えたとき、深い感動と、静かな余韻が訪れる著作。そうした著作に巡り会う経験が稀有になってしまった時代。この著作に巡り会えたことに、感謝をしたい」(「解説」より)
内容(「BOOK」データベースより)
前世界銀行副総裁が語るリーダーシップの真実。貧困のない世界を夢見て...23年間の闘いから見えてきたもの。
著者について
西水 美恵子 (前・世界銀行副総裁)
大阪府豊中市に生まれ、北海道美唄市で育つ。中学校3年から上京。
東京都立西高校在学中、姉妹都市高校生親善大使としてニューヨーク訪問。
その後間もなくロータリークラブ交換留学生として再渡米(後年、西高は中退)。
そのまま帰国せず、ガルチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。
1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。
千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題の研究。1971年、再度渡米する。
1975年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院、博士課程(経済学)を卒業。
同年、プリンストン大学経済学部、兼ウッドロー・ウィルソン・スクールの助教授に就任。
1980年 世界銀行入行、開発政策局・経済開発研究所
1983年 同、産業・エネルギー局 産業戦略・政策課(エジプト・タイ・ハンガリー・中国などを担当)
1987年 同、欧州・中東・北アフリカ地域 アフガニスタン・パキスタン・トルコ局 リード・エコノミスト
1988年 同、欧州・中東・北アフリカ地域 アフガニスタン・パキスタン・トルコ局 通商・産業・金融課 課長
1992年 同、国際復興開発銀行 リスク管理・金融政策局 局長
1995年 同、南アジア地域 アフガニスタン・バングラデシュ・パキスタン・スリランカ局 局長
1997年 同、南アジア地域 副総裁
2003年 世界銀行退職
現在、米国首都ワシントンと英国領バージン諸島に在留。
世界を舞台に、就筆や、講演、様々なアドバイザー活動を続ける。
2007年より、シンクタンク・ソフィアバンクのパートナー。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
西水 美恵子
大阪府豊中市に生まれ、北海道美唄市で育つ。東京都立西高校在学中、姉妹都市高校生親善大使としてニューヨーク訪問。その後間もなくロータリークラブ交換留学生として再渡米(後年、西高は中退)。そのまま帰国せず、ガルチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題の研究。1971年、再度渡米する。1975年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院、博士課程を卒業。同年、プリンストン大学経済学部、兼ウッドロー・ウィルソン・スクールの助教授に就任。1980年世界銀行入行、開発政策局・経済開発研究所。 1983年同、産業・エネルギー局産業戦略・政策課。1987年同、欧州・中東・北アフリカ地域アフガニスタン・パキスタン・トルコ局リード・エコノミスト。1988年同、欧州・中東・北アフリカ地域アフガニスタン・パキスタン・トルコ局通商・産業・金融課課長。1992年同、国際復興開発銀行リスク管理・金融政策局局長。1995年同、南アジア地域アフガニスタン・バングラデシュ・パキスタン・スリランカ局局長。1997年同、南アジア地域副総裁。 2003年世界銀行退職。現在、米国首都ワシントンと英国領バージン諸島に在留。世界を舞台に、執筆や、講演、様々なアドバイザー活動を続ける。2007 年より、シンクタンク・ソフィアバンクのパートナー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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