真岡での戦闘について

昨11日、池袋西口の文庫専門店をのぞいたら李恢成「サハリンへの旅」が目についた。なんと李氏は真岡の出身。10歳くらいの時、砲声、銃声をきいている。ソ連軍は海路、真岡港に上陸したとのことだ。ソ連の戦史では、ソ連艦隊が空砲のサルート(挨拶)を発したのにたいし日本軍は実弾発射したと記述しているようだ。李氏は市街地の少数の憲兵隊が発砲したとの独自の推測を書いている。さらに9人の自決した電話交換手についても稚内の氷雪の門の碑文を引用して軍部が軍部が彼女らに死を押し付けたかの記述がある。
ま、現実味のうすいソ連邦の戦史にも気を遣う気配りはご苦労様だ。人にはそれぞれの見かたがあろう。朝雲新聞社の戦史は数巻斜め読みしたが、樺太・千島における戦闘の巻は未読である。李氏本の謎は戦闘のなまなましいであろう記憶の記述、走り回った息遣いが聞こえないことだが、それも作者の選択の自由ということか。


サハリンへの旅 (講談社文芸文庫)
李 恢成
講談社
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出版社/著者からの内容紹介
自己形成の原点──サハリンへの2週間の"帰郷"の実現。祖母、義姉、親族、同胞達との交歓。言葉なき言葉──"陸封"34年を隔て異郷の地に再会した離散一族、民族の"それぞれの立場"を抱擁し、アイデンティティ同一性を真摯に追求しつづける李恢成積年の願望──パルチャ(運命)の旅!

内容(「BOOK」データベースより)
自 己形成の原点―サハリンへの2週間の"帰郷"の実現。祖母、義姉、親族、同胞達との交歓。言葉なき言葉―"陸封"34年を隔て異郷の地に再会した離散一 族、民族の"それぞれの立場"を抱擁し、アイデンティティ同一性を真摯に追求しつづける、李恢成積年の願望―パルチャ(運命)の旅。


          

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このページは、Makoto Hiroseが2009年8月12日 20:33に書いたブログ記事です。

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