昨日、前稿を書いている時、まさか幻の映画が九段会館で上映され、トークライブがおこなわれているなど夢にも思わなかった。偶然としてもその暗合には驚かされる。配給を断られた後に自主上映を続けた事は知っていたが、このよな形でも上映されることを希望する。詳細は産経新聞の本日(8月10日)21面をご覧ください。
ソ連参戦後もシュムシュ島、松輪島、などの千島列島や樺太で日本軍との激戦が続いたのだ。スターリンの恐怖政治の下にあってもプラウダ、イズベスチュアのいずれかの新聞がソ連軍の被害を大きく報道したことはこの戦争がそれほど人気のなかった事と結果がわかりきっていた事による。任務を終え自決した真岡の9人の電話交換手の女性の65回目の命日が昨日なのか、それとも比較的なだらかな地形の唯一のチョークポイントの峠で勇戦した日本軍の阻止戦闘によりそのあとなのか今つまびらかにできないが、彼女たちのことを忘れてはならない。われわれのパーミャチ(記憶)として。付録の豆知識 千島列島の最北端は占守島でなくアライト島の最北部です。
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