西尾幹二氏がたとえば大沼保昭氏のような人をさして、戦後文学はかかるタイプの人間像を小説化していない、との趣旨の発言をしたことがある。たしかに世界の文学で「オブローモフ」なり誤解はあるかもしれないが「サンチョパンザ」なみのわかりやすい戦後左翼人のタイプの主人公がでる日本の小説は稀有だ。石川達三氏にもないと思う。ちなみに彼のほぼ最後の小説は青学の春木教授の物語だった。それはともかく正直いって失礼だが卑小な方々である。とても尊敬できない。
で、タイトルの鳩山(兄)氏である。かれはそれ以下だ。めぐまれたかれの境遇に嫉妬するわけでない。ただ恵まれた事は欠点にもつながる。自分のものへの執着のなさは他人の執着への無理解に直結しがちだ。略奪愛の夫人は有夫の妻だった。その夫への友愛はなかったのか。友愛とは自分に都合いい時だけなのか。恥を知ることは大人へのワン・ステップだ。日本はおそらく4,5歳程度の子供の判断能力を部分的に持つ男を総理に持つかもしれない。
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