鳩山一郎が没してから50年、孫の2人を中心に50年祭がおこなわれた。明るい性格で人並みすぐれた頭脳の持ち主。しかし文部大臣の時の滝川事件の処理からは反動政治家批判もあり、とはいえ軍の政治関与には反対し、筋をとおしながらけっこう寝技の政治手法にもつうじるという複雑な政治家だった。
ただ脳梗塞のあとに首相になったのが問題だった。こんなエピソードがある。強い打ち手のおおい政治家の碁で氏も強豪だったが、病後対戦したプロの碁打ちが、鳩山さんがこんな碁を打つなんてと言葉をつまらせたという。判断力の低下は顕著だった。そんな氏が情熱を燃やしたのが日ソ国交回復だった。抑留の問題もありそれは当然なのだが、北方領土問題は彼の病後の頭脳では無理だった。まして側近があの河野一郎、彼のスポンサーが日魯漁業とあっては長期の国益の保全は無理だった。河野の暗躍は語り草になっている。本当に英国のフィルビーが売国奴の親子として著名だが、それを想起せざろうえない。というわけで人間的に魅力のある人だが疑問手を打ちつつ投了とあいなった。
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