あるブログに、韓国の識者がアジア経済危機の際に韓国が日本に手を差し伸べた、つまり助けたと論じているとして怒りの意見を述べていた。立派な経歴をもつ識者が何故こういう論考を出すのか考えてみた。結論は、こうだ。
人間の思考は事実に基づいてのみ行うものというというのは、日本人の思いこみにすぎない。思考において、事実より大事なものがあれば、それに基づいて行うという発想も地球上にはありうる。このことは、私にとって新鮮な発見であった。事実があまりにも悲惨であればこの傾向は深まる。隣の半島の歴史は、かつての三菱銀行北畠支店の状況が数百年間続いたような惨状であった。主として大陸中央部からそして島嶼からも暴力による。読売新聞1月19日の文化欄に歴史教育の日韓共同研究をした木村幹神戸大教授は、日韓の歴史観の発想の違いが甚だしいことを書いている。人間は生き続けるために歴史の物語を紡ぐ。そこにしか共通点はなさそうだ。もつと憂鬱に考え、木村教授の経験を私が勝手に解釈し敷衍する、ともう一つの共通点は結論は戦場で決せられるという思いか。
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